私がローマで独りで始めたわけ 

日本航空123便墜落事故の命日に

ankさんのブログ で
8月13日が Jal123便の事故で亡くなった方たちの命日だと思いだした

ぁぁ..そうだったよね

私は、イタリアに行く前は 日本航空で働いていました
空港でグランドホステスの職に就いていたのです

この日は、私の勤務で、
ラッキーにも大阪線担当でなかったし
航空券を売るキャッシャーでもなかったので
どなたも私の手で事故機にお乗せしていないということで
ずいぶんと 私の心の重荷は軽くて済んでいます

だけど
事故に遭った便の乗客名簿を作ったのは私です

途中で引き継げなくて、夜中までかかり、
それを家族の方が集まってきてるホテルに届けました

集まってきてる家族の方の思いが 痛いほど感じられて
帰り道 一人で泣きました

乗客の中には、私の同僚のお父様もいらっしゃいました
亡くなった方の無念さや怖さを思うと、胸がいまだに 重く詰まります

そして
そのご家族の方々が 一生抱え、背負っていかなければならない悲しさ 
やるせなさ 後悔 無念さ を思うと

思いが言葉になりません

飛行機を扱ってる人々は、人の命を預かってるのだ
ということをもっと真剣に考えるべきです

政府然り!

ただ
この機会に言わせていただきたいことは
この事故は、ボーイング社と
日本の修理された飛行機を公的にチェックする政府機関の責任です
飛ばしたのはJalだし、彼らの経営がお粗末だったのは認めるけど、
彼らが人の命を粗末に扱ったから起きた事故ではありません

そして
あの機材は、ボーイング社の機体の製造過程を簡素化、短縮し、
製造コストを抑え、利益を更に出そうとする 彼らの欲 のために生まれた 
その 機体の欠陥 が生んだ事故です

この 機種自体に欠陥 があったのです

そして
製造元が修理して、政府がそのチェックの後 okを出したら、
Jalの整備では、その修理の不備はわからないのです

私がJalの幹部だったら
そこのところを 徹底的に追求した と思います
自社とそこに働く人々の
そして 
乗客を守ろうと最後まで必死に操縦桿を離さなかった機長と
そのご家族の名誉のためにね

まあ、それがJalの甘さであり
情けないところなんだけどね


今 日本航空が国からの支援を受けて立ちなおしを図っているということで
いろいろ取りざたされている

その中で
なんだか 一種の魔女裁判 みたいな雰囲気を感じて仕方がない

人々の言葉の中に 視線の中に
それ見たことか!
もっとひどい目に遭えばいい!
恥を知れ!
みたいな波長を感じて仕方がない

のは 私の気のせい ですか?

日本航空の人たちが
上を向いて歩けないような気風がある

確かに国のお金を使って助けていただく
国のお金は、みんなの税金ですから
申しわけありませんと頭を下げて助けていただくのは、当たり前なんだけど

そして、会社の責任は社員の責任であるとも思います
だから、会社の世間にかける迷惑は 社員の責任でもあると思います
でも、その社員の計り知れないことが
会社には、特にこれだけ大きな会社になると たくさんあるのも事実で

確かにいい加減な人もたくさんいるでしょう
一人一人が真剣に仕事に取り組んでいたら
こういうことにはならなかったといわれるかもしれないし
確かにそうかもしれない

でも
会社が危機になる前も なってからも
一生懸命仕事をやっていた人もたくさんいるのも確かです

会社がつぶれて、公的資金のお世話になってるのね えらい、えらい
とは言いません

でも
こんな世の中
明日は我が身
それを考えて
せめて 意地悪な波長を出す のはやめれないかな―と

はっきり言うとね
今まで日本航空の人たちが送ってきたちょっとぜいたく「そう」な暮らし
華やか「そう」な暮らし
そういうのを いいなあと思って見ていた人たちの
リベンジのような気がして仕方がない

愚かな経営で破たんした会社を偉いと言え とは言いませんが
そこで、ただ働いている人 たちを
ひどく悪いことをした人であるかのようにでも 見るのはやめませんか?

困ってる時はお互いさまだと思うんです

お互いさまだと思える人が
自分の時には、快く助けてもらえると
そう思います

長くなりましたが
今だに日本航空で一生懸命働いてる私の友人、知人の名誉のために
一言言っておきたかったのです

最後に
この事故で亡くなった乗客の方々、乗務員の方々の魂の平安と
そしてそのご家族の方々の心の重荷が少しでも軽くなることを

心から
心から
お祈りします




b0150335_1701492.jpg
彼らが 限りなく優しい光で包まれていますように...

[PR]



by cocomerita | 2010-08-15 17:05 | | Trackback(1) | Comments(40)
トラックバックURL : http://cocomerita.exblog.jp/tb/13772935
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from あんつぁんの風の吹くまま at 2010-08-24 09:36
タイトル : 御巣鷹山事故の秘密
 弱り目にたたり目というか、落ち目になったジャルは、御巣鷹山のジャンボ機墜落事件も、責任は会社にあるかのように今でも書かれている。確かに腐敗の芽は合ったのだろうが、それが原因であの事件が起きたと見るのは少々酷だ。  ジャンボ機の垂直尾翼が吹っ飛んで、油圧装置がすべてダメになった本当の理由をおそらくボーイング社は知っていると思う。  ジャンボ機の尾翼の付け根には発電用のエンジンが備え付けられている構造になっている。そのエンジンの燃料が、離陸時に漏れて尾翼と隔壁の間に充満し排気管の熱で爆発した...... more
Commented by ank-nefertiti at 2010-08-15 20:58
junkoさん、こんばんは。
そうだったのね、JALだったんだ。
あの事故は、JALの整備に責任はない、と私も思う。
修理したボーイング社とOKを出した当時の政府に一番の責任があるって思う。
機長が、最後の最後まで機体をコントロールしようと必死だったことも知ってる。
彼の遺体が一番最後に発見されたことも知ってる。
そしてそれが遺体とはとても言えないものだったことも。
今のJALの状況についても、私は、それみたことか、とは思わないよ。
現場の人たちは、みんな一生懸命だってわかるもの。
ただ、私はやはり経営陣については、どうなんだろうか?とふと思うことはあるのよね・・・
会社は、大きくなると、現場と経営との間になんとも言えないギャップが出てきて、JALもそうだったのかな、と思うのよ。
そのしわ寄せが現場の社員にすべて行ってしまっているような・・・
それはすごく悲しいこと、と思うわ。

Commented by shinn-lily at 2010-08-15 21:06
そうだったのですか。あの日、あの時、JALでお仕事なさっていたのですね。昔はJALを選ぶと、旅行が割高になるほどだったので、今日のことは想像だにできませんでした。「沈まぬ太陽」もみました。小説ではあると思いますが、実際のところ内部の動きはどうだったのでしょう?当時、どんどん日航ホテルができた覚えはありますが。

ドバイからの帰り、関空からJALに乗ったのですが、
それはそれは皆様けなげなほど一生懸命でした。
その方面の最終フライトを終えたらしいパイロットの方も客席にいらっしゃいました。みなさんの寄せ書きを読んでいので、たぶんそうだと思います。その方は到着後も周りの方のお荷物を降ろしてさしあげてました。思わずJAL頑張れと妹と語りましたよ。

JALの株、紙切れになってしまったとは決してうらみを言いません(涙)どうせ、わずかだから。
Commented at 2010-08-15 21:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cocomerita at 2010-08-15 21:32
Ciao ankさん
経営陣が、全く無能だったのは確か
無能だからこそ、政府からの要求にNoと言わなかったのも確か
それで、やっていけると思ってたんでしょうね
馬鹿だから
全てが、経営陣の責任だとは言い難い
確かにね、寄らば大樹の陰という人もたくさんいるからね
ankさんがそうだと言ってるわけではなくね
入った会社のやったことの責任の一端は、担うべきだけど、でもその行ったことに関与してる人なんて、一般の職員にはおそらくいない
皆、将来のこと考えて、それだけで大変なんだろうに、その上周りから、国のお金で..とか変な目で見られたら、つらいだろうなあと
私が日本に行って、私がJalだったって知らない人の話を聞いたりするとそう思わざるを得なくてね、なんかいやな気分だった
Commented by cocomerita at 2010-08-15 21:32
自分の会社だったからかばってるわけではなく、私はいつも反対側にいる人も見てしまう癖があるから
あの機長のご家族は、周りの人からとても冷遇されて、お子さんたちも学校を転向しなければいけなかったり、大変だったと聞きます。
確かに彼はJalの職員だけど、彼も被害者の一人で、その人がたまたまその飛行機を操縦していたというだけで、家族の人まで、罪人扱いするのは、お門違いだと思って、そのことを知った時すごく嫌な気分になったの。
だからね、ankさんの記事を読んだ時
今のJalの状態も合わせて、何か一言言わないではいられなかったのです
Commented by cocomerita at 2010-08-15 21:39
Ciao shinn-lilyさん
私がJalをやめた時から、こういう時が来るだろうとなんとなくは思ってました。
あのままで行くわけがない
あまりにも、無能な人々が管理してるから
無能で度胸がないから、始末におえない
だから採算が合わなくてもちょっと話があればどんどんホテルを建てる
要するに自分のお金じゃないからね
まさに、自分の顔のために無駄な高速道路を作る政治家みたいなもんよ
でもさ、私みたいにさっさと辞めて自分の道を歩きますって人ばかりではないでしょ?
私は、この会社では40年勤めても、ぺいぺいの社員だと思ったからやめたんだけど、でもさ、無能な、機能しないことを知ってても、やめられない人のが多いんだよね
私の友人たちは、みんな一生懸命やってる
ある意味、彼らは無能なくせにおいしい汁だけ吸って会社を去って行った、歴代の管理職の被害者ともいえると思います。

Jal の株持ってたのね
ごめんね

Commented by cocomerita at 2010-08-15 21:45
Ciao 鍵コメサン
私はJalに8年いました
そうしてこういう性格だから、彼らの機能しないところ、まったく合理的でないところ、皆見せてもらった
だからね、いずれはこうなるだろうと思ってた
私のまわりにも気付いてる人は沢山いたけどね
そんな末端の社員の声など、届かないのよ
巨人が大きすぎて、総身に血が回らなくなるのと一緒

あの事故は、本当にたくさんの人の人生を変えたと思います。
私は遺族の人たちの思いは、そのままは決して理解できないけれど、決して消えないであろうおもりを抱えて生きるのは、本当に気の毒だと思います。
運命って何なんだろうね
お得意さまで、電話で待ってくれと電話をかけてきた人もいるんだよ
私もね、昔から基本的にサービスはANAのほうが好きでした ははは
またメイルするね ^^
Commented by ヴィーナ at 2010-08-15 22:06 x
この事故のとき、わたしは新人添乗員としてヨーロッパにいました。まさか!というショックとお客様には意ってはいけないとなぜか思ったことを思い出します。
Commented by junko at 2010-08-15 23:25 x
Ciao ヴィーナさん
こういう時に、海外に、それも旅行をご一緒してるお客様と一緒、ってのは辛いでしょうねえ

多かれ少なかれ私たちの胸に影を落とした事故ですよね
Commented by ましゅまろ at 2010-08-16 00:00 x
junkoさん、私は、この日航機事故の事では、いつも思い出す人がいます。

当時、マスコミが生存者の中で、一人の女の子を、とても取り上げていました。今でも、ヘリコプターで吊り上げて助けられていく場面を鮮明に覚えています。

確か、あの女の子は、「看護婦になりたい。」と言っていました。

今頃、看護師として働いているのかな。
人が亡くなる場面が毎日のようにあり、人の命を預かる事を仕事にしていて、その緊張の中で苦しい想いはしていないか、と。
勝手な心配ですが、思わずにはいられません。

壮絶な経験をして、それでも尚、人の生死に関わる仕事を選んだ
あなたの事を私は尊敬し、そして応援しています。
Commented by junko at 2010-08-16 00:26 x
Ciao ましゅまろさん
数年前のニュースで、彼女が看護婦さんになったと私も聞きました。
ものすごい経験をした彼女だけが、本当の命の重みや生と死の間の事を理解できるのかもしれません
とても澄んだきれいな目をしていたのを覚えています
きっと彼女のご家族の分まで、素敵に生きていること思います。
あっち側からみんなも応援しているはずだからね
ほんと、だれよりも、たくさん幸せになるように私も応援しています。
Commented by lilia109 at 2010-08-16 07:43
このお話について、junkoさんとお目にかかった時、しましたよね。
わたくしは「飛行機おたく」「鮮明に、、強烈な記憶で残っている」そして、、「友人のお父様も亡くなった」ということで、色んな意味で、興味深く心に残っている事故です。
これに関する本は、ほとんど買って読みました。
特に「墜落遺体」という本は、遺体の損傷具合/検死する医療関係者の苦悩がリアルに書かれてて、、、ううう、今も脳裏に焼き付いてます。

そうだよね。整備って、わたくし達には解らないもんねえ。車も然りだけど。
いろんな運命の人が、あの便に乗ってたとは思うんだけど、あの乗ってた方々が、JALに色んな意味で、目を覚ますよう、、強い想いで長い年月かけて、訴えて来たような気がする、、。

今と違って、あの時の報道体制もスゴかったよねえ。
個人情報なんてへったくれも無くて、、。

終戦記念日同様、、暑い夏が来ると、毎年思い出します、、。
Commented by keymyall at 2010-08-16 09:59
この事故・・・・・
母親として、二人の子供の親として、小さい子供が親と一緒ではなくて乗っていた事を知り、心が痛みました。
怖かったであろうし、泣いたであろうし、誰かに頼りたかったであろうかと、、、、
そんな事を考えると、残った親の気持ちが痛いほど身に迫り、涙が出ました。
いろんな人生の方々が、恐怖の中、亡くなった事を考えると、胸が痛いです。
モチロン、表には出ていないけれど、乗務員の方々の親兄弟もいるわけで、、、、
こんな事故は、二度と起こって欲しくないですね。
あの日、幼い娘のご飯を作っている時に知った事故でした。
Commented by saheizi-inokori at 2010-08-16 10:21
労使鏡論、というのがあります。
組合がだらしないのは使用者側がだらしないからだというのです。
だらしない使用者がいると一生懸命に仕事をする労働者にも何らかの影響がでます。
たとえば緊張感の欠如、向上する気持ちが減退するなど。
個々人の本来持っている能力が十分に発揮できなくなる。お互いに牽制し合ったり必要な情報が共有されなかったり、そうして駄目経営者はますますゴマスリどもに囲まれて大海人皇子を決め込むのです。
今朝の新聞にもJALの破たんは歴代の経営者のせいだと調査委員会の報告がでていました。
これに運輸省の連中、退職金の一部を返還させて安全基金でもつくるべきですね。
Commented by hitomille at 2010-08-16 10:22
この頃ー夏休みになると、東京の叔母が必ず、遊びに来ていました。
飛行機の時もあれば、新幹線の時もあり、その時によってまちまち。
そして、ちょうどこの日は、東京から叔母が従弟たちと一緒に大阪に来た日だったので、特に印象深かった。(この時は新幹線)わー、一歩間違えれば、その日に叔母達が乗ってたかも、ってことで、より事故が人ごとには思えなかったです。当時、高校生だった私。 その後、写真週刊誌に遺体の写真がたくさん出てる、というので、怖いもの見たさ全開の私はコンビニにすっとんで行きました。おそるおそるページをめくると、木にひっかかった人の手が一枚目の写真。。でも(期待した割には←何を期待してたのかいまいち謎だけど)何の実感もなかった。バラバラになった人間の遺体は、反対に物にしか見えなかった。そう思った、あの時の感覚は今もすごく覚えている。その後、興味本位で、いろいろな本を読みました。「沈まぬ太陽」も、、そして、もっと後になって、この時の事故で知人が亡くなった、という人に沢山出会いました。その度、この事故の大きさを実感しました。
Commented by smickey21 at 2010-08-16 13:17
cocomeritaさん そうだったんですね。
JALでグランドホステスをされてたんですね。
そしてあの日航機墜落事故にも少なからず携わってらっしゃった
んですね。
あの事故は、子供だった私にとってもかなり衝撃的なニュース
だったのを覚えてます。
あの黒く焼け焦げた山の大地、救出活動が難航していた現場
あの大惨事は今も脳裏に深く焼きついてます。
だれがこんな惨事を想像したでしょう・・・いつもの飛行機に
ただただ交通手段の1つとして乗り込んだだけなのに
それがあんな山の奥地に墜落してしまうなんて・・・
ご家族をなくされた方々も「なぜうちの家族が!」という
気持ちで打ちひしがれたことでしょうね・・・
そしてあの事故の裏には、そういう真実も隠れていたのを
知りなんともやりきれない気持ちにもなりました。
あれから25年、ご遺族たちの気持ちはまだまだあの頃の
ままだったりする方もいるんでしょうね。
本当に、どうか事故に関わった多くの方々の気持ちが少しでも
軽減して心の重荷から開放されることを切に願います。
Commented by junko at 2010-08-16 15:27 x
Ciao liliaさん
あの事故から何年も経ってから、偶然見つけそれから何かに取りつかれたように、あの事故に関するレポート、報告書を読み漁りました
だから、コックピットのやりとりも聞きました。
正直言って、私はそれまで飛行機が落ちるのは機長の責任なんて思ってたんで、
でもその時ぁ、違うんだと思いました
あの事故があった時、パイロット職から下りて一緒に仕事をしていた同僚が、ひと言ポツリと言いました
あれ、確か左側の尾翼が飛んじゃったんだけどね
反対側だったら、海のほうに旋回できたと
そうしたら緊急着陸できる可能性もあり、もっと多くの人が助かったかもしれないと
あの機長はとても優秀な人だったから、もし海のほうに向かえてたらそれができただろうと..

それが一個であれ、いきなり失われると、どうしようもなく辛い命,こんだけ多くの方の命がその数以上の人々時悲しみを残して逝った
何かで思い出すたびにね
心の傷がね、私のもまだ癒えてないと感じる
ご家族の思いはいかなるものかと
本当に心が重くなります。
Commented by junko at 2010-08-16 15:31 x
Ciao keymyallさん
ちびっこVIPっていうのがあったんです。
今もあると思うけど..
私も何回もお世話した
ちびっこ一人旅、誇らしげな子もい、泣きだしそうな子もい、見てて可愛かった
うん、怖かったでしょうね
その思いは想像さえできない
そして、その飛行機に乗せちゃったお母さん
一人で行かせちゃったお母さんの後悔は、毎日、片時も休むことなく一生だと..
辛いと思います。
後悔や自責の念が一番つらいのですから、
少しでも、そういった心の重荷が軽くなりますようにと祈るしかない...
Commented by junko at 2010-08-16 15:37 x
Ciao saheiziさん
全く!全く!おっしゃる通りです
私はこういう性格だから、結構闘ったけど、だめでした
そうなったら、去るしかない
不毛の地に種をまき続ける気はなかったんで
本当に、なんでこんなにもと思うくらい似たような人が集まってましたね―
私ね、不思議なことに、支店長とか部長クラスには可愛がられた
直属の上司ってのが、だめでした
私が目の上のたんこぶだったようで,,,

私もそう思います
Jalの事故、経営破たん、にかかわった人々すべて
彼らの退職金の一部を安全基金にするべきだと思います。
そこから、新しい、本当に健やかな再生が始まる気がします。
Commented by junko at 2010-08-16 15:44 x
Ciao hitomilleさん
あの便はね、初めは満席だったの
それが、最後になって予約をしるのに来ないお客様が結構いて、席が何席も空いたんです。
当然、季節がら空席待ちの方がたくさん待っていらっしゃったので、予定していなかった人が喜んで乗って行かれました
運命とだけ言って片付けられる問題ではないのですが、それでも私は運命を感じました。

hitomilleさんの身体が物に見えたっていう話で思い出したんだけど、
何かの話で
人はね、亡くなる前に痛くないように、守護霊の人が上手に身体から魂をその衝撃の本当にちょっと前に抜き取ってくれると聞いたことがあります。
彼らが味わった怖い思いは消えないでしょう
だけど
あの事故で亡くなった人たちの守護霊の人たちが、せめてかれらの魂を衝撃で痛みを感じるちょっと前に、呼び寄せててくれてたらいいなと思います。
Commented by junko at 2010-08-16 15:57 x
Ciao smickeyさん
ボーイング社のような世界的大企業と日本の国家機構を相手に、闘うのは並大抵のことではないと想像はつきますが、Jalはもっと真理をそしてどこにだれにあの事故の責任があったのかと追求するべきだったと今だに思います。
追求されて困る権力者たちがたくさんいるから、体よく丸めこまれたのでしょうが、
こういうところにも、Jalの経営者の本質が見えます。
ある日突然、自分の日常から、愛する人たちから切り離されることを余儀なくされた人達のためにも、失われた命は帰らないけれど、闘って、追及してほしかったと思います。
この事故の裏には、大きな問題が隠されていたのですから
あの事故の後、ボーイング社は彼らのこのモデルを改良しました。
あれが起きたから、世界中で何件も起きたかもしれない惨劇が救われたともいえるのです。
ご家族の方は今だに当時のやりきれない思い、後悔、そう言ったものを抱えて生きていらっしゃることと思います。
そういう方たちの、心の重荷を少しでも軽くするのは、真実を徹底的に追求することではないかと、それが亡くなった方たちのご供養にもなるのではないかと、なぜかお盆にかけて、思ったのでした
これは偶然じゃないよね
Commented by vialetto at 2010-08-16 15:58 x
確かに航空会社の社員の方は、羨望の的でしたね。
ちょっとキレイな子は、みんなフライトアテンダントに憧れていたもの。
ANAより、やはりJALだったしね。
でも、会社が潰れてざまあみろとは思ってないよ。
だって、エコノミーで乗っても他所の航空会社に比べてサービスが良かったもの。愛想も。
上層部は知らないが、現場の人は給料に見合う働きをしていたよ。

衝撃的だった事故の記憶は、年月が経って、その日になっても新聞ニュースでしか思い出さなくなっています。すみません。
Commented by hitomille at 2010-08-16 16:20
飛行機が落ちて亡くなった場合は(そんなことは宝くじに当たるよりも難しいかもしれないけど)痛みなどは感じないでしょうね、ただ、恐怖感は相当なものだと思うけど、、でも、癌になって、日に日に痩せて、痛みと戦って、自分はもうすぐ死ぬんだ、と自覚しながら亡くなるのとどっちがいいかわからないけど、私はそれほど悲劇的には思えない。人は、それぞれの運命があって、死ぬ時も既に決まっていて、それは魂の段階で自分と約束して、納得しているものだとどこかで信じているからー。なんかの「不思議本」だったけど、この乗客名簿を調べると、落ちなきゃ嘘っていうくらい、悪い運気の人が集中した、とか、あと、この月か翌月かだったと思うけど、JALの機内誌のインタビューが、偶然!?にも御巣鷹山の村長だったので、遺族に配慮して削除された、とか。いろいろな話しを聞きました。
Commented by hanarenge at 2010-08-18 16:55
ご無沙汰でした、こんにちは。
暑い夏でしたね、あの日も。ニュースに少しのったと思うと、どんどん事態が進んでいって、大騒ぎになりました。
あのジャンボが墜落したのですからねえ。
沈まぬ太陽を読んで、少しだけでも日航の雰囲気も解ったような気持ちでした。
亡くなった子は帰ってこないと言う事がやっと解ったと25年目の御巣鷹の尾根の慰霊で仰った親御さんがお出ででした。
25年は残された方々にとって、本当に長い長い時間で、その間、ずっと
自問自答された時間でもあったことでしょう。
それは日航の社員の方々にとってもそうだったことでしょう。
現場でどれだけ心を込めて仕事をしていても、大きな会社組織として見ると腑に落ちないことは沢山あるでしょうし、だからこそ、あの大きな事故は、日航の体質を糺すきっかけとなり得たはずです。

事故原因を出来るだけ公開して何もかもさらけ出すことは、一見不利でも本当は栄養となることなんですもの。

ニュースで、どうでも良いことをさも大げさに取り上げたあの時のマスコミは今も変わっていないです。

そして、それは、私たち一人一人にも言える事だと思います。
Commented by haku at 2010-08-19 16:34 x
忘れてはいけないことですね。

そして人間が持ってる欲と言うものが どういう風なエネルギーへと変わっていくか?
自分ごとでいつも 見直さないとね。
Commented by cocomerita at 2010-08-24 06:07
Ciao vialettoさん
人の記憶って不思議なもんで、私も一時期正直言って忘れていた。
それが最近なぜかここ数年思い出すのです

私的にはあのサービスの良すぎるところにも、実はこの会社の体質が出てると思っています。
まあ、この点はお客様が満足してくれることだからいいんだけどね ^^
Commented by cocomerita at 2010-08-24 06:22
Ciao hanarengeさん
ご遺族の方の辛い日々はまだ終わっていないと思うのです
そこがまた辛いです。
子供を失くしたお母さんは、重ねない子供の歳を思い、生きていればいくつになったと、毎年思うことでしょうし、みなさんそれぞれあの時あれに乗らなかったら?私が止めていたら?という思いはいつまでも消えないと思います。
本当に、あの事件の責任追及をうやむやにしたところに、Jalの長いものには巻かれろの主義が表れている気がします。
悪いところを、勇気を持って見つめ、幹部を切り取るという作業を今まで怠ったいわばつけであると、
ただ、社員の甘さも否定はできない中で、
それでも一社員には、ましてやそこに勤めて生計を立てなければいけない社員の思いの届かない部分もあるということをちょっとわかってもらいたいなあと思いました。

自分のいやなところをあえて見つめ、認める勇気は、自己の成長に欠かせないものですよね
Commented by cocomerita at 2010-08-24 06:32
Ciao hitomilleさん
私は運命にとって、hitomilleさんとは違う解釈をしているので、この事故で亡くなった方たちが、運気が悪かったからこの事故に遭ったとは思っていません。
そして、運命だから仕方ない、悲劇的ではないと思える人は幸せでしょうが、そういう悟った人は世の中に何人もいないと思います。
皆、愛する人と突然切り離される、悔しさ、悲しさ、不安さを抱えて逝かれたことと思います
私にとって、それは悲劇です。
生と死は確かに運命なのでしょうが
その時期を私たちが決めることができないように、どうやってこの人生を終わりにするかも私たちには選べません。
だからこそ、与えられた一日一日を大事に生きなければいけないのでしょうが、
ただね、病気で亡くなる人には、家族や愛する人たちとその最後の日を迎える準備を一緒にすることができる分、幸せであるかも知れません
いずれにしても、他者のその日を、どう迎えるのがいいとか悪いとか、全く別の存在である私たちが言えることではないと思います。
自分のことに関してなら言えるかもしれないけどね
Commented by cocomerita at 2010-08-24 06:35
Ciao hakuさん
私は、泣いても笑っても一生と思います。
そして、遅かれ早かれ皆何も持たずに旅立たなければいけないのなら、たかが物欲、権利欲なんかのために、大事な人生汚したくないなあと思うのです。
人生って、モノやお金には替えられない、もっと別の価値が潜んでいると思うので,,,
Commented by antsuan at 2010-08-24 09:47
日本航空のヨット部とは楽しい想い出があり、知り合いにはスチュワーデス、シュミレーション室長などがおりまして、おんなじわだかまりを胸に持っていました。また、逆噴射機長の診断書に関わったことがありまして、マスメディアの対応には不信感を抱いております。
勝手ながらトラックバックいたしましたので、よろしく御了承下さい。
Commented by kanafr at 2010-08-24 11:41
あれだけの事故だったのに、報道された写真も記憶に残っている筈なのに、junkoさんの記事を読むまで、この頃だったという事を忘れていました。
ご遺族の方達や、事故の関係者の方達にはどんなに時がたっても、今もぬぐえない重いものを抱えていらっしゃるでしょうね。
ご遺族の方達には、ずっと終わらない出来事になって、今もその悲しみの中いる方もいらっしゃる方を思うと..。
JALだけじゃない、今まで破たんしてきた○○証券会社も、閉店を余儀なくされたデパートにも、会社の破たんって言うのは、必ず理由と原因があるけれど、小さな会社ならすぐ修復可能な事も、会社が大きくなればなるほど、なんかこのままじゃダメになると分かりながらあっちもこっちも修復必要な個所ばかりで、バッサリ切り捨てればいい事も影に隠れた部分で増殖しているからね。。
末端の社員は一生懸命仕事に誇りをもってやっているだけに悔しい。
そして相変わらず、済まないと口で言いながら、ご本人達はちょっとの痛みで済む幹部達もたくさんいるから、なお腹立たしい。
Commented by junko at 2010-08-24 16:46 x
Ciao antsuanさん
はじめまして..ですよね
お名前だけは御見かけしておりましたが..
トラックバックありがとうございます。

えーー?!!
日本航空のヨット部?
私も一時所属しており、葉山沖のレガータに参加したりしていました。
それもあって、整備の人とかクルーの人とも友人なのです。
「沈まぬ太陽」でしたっけ
あれで、世間が騒いでるのに触発されて、この事故の事調べてみたのです。
尻もち事故の時の修理個所
本来は各々のパーツをビスで留め、さらにそれを全体で留めるという構造だったのを、ボーイングは製造時間短縮のため、おのおののパーツをビスで留めるのを省略しました。
ですから、一個外れれば、ドミノ倒し如く、全部はじけるのです。
あれが各々止めてあれば、お尻が吹っ飛び、尾翼を吹き飛ばすには至らなかったようです。

続く
Commented by junko at 2010-08-24 16:47 x
無理なのは重々承知ながら、私も日本航空の名誉のためでなく、世界の正義のために、もっと真相を明らかにしてほしいと思いますが、
そんな「黄金の肝っ玉」を持った人は、どこを見渡しても残念ながら見つかりません
いつでも、最後に馬鹿を見るのは庶民で
ここにも、自分の家族以外の人々の命など屁とも思っていないアメリカ、および日本の企業家、官僚の腐った体質が見えていやな気分になります。
亡くなった方が、せめてあっち側では穏やかに暮らしていられるよう、そしてその彼らの平安が少しでもこちら側の家族の方たちに伝わりますようにと祈るしかありません。
Commented by junko at 2010-08-24 16:57 x
Ciao kanafrさん
↑でsaheiziさんが言ってるように
>労使鏡論、というのがあります。
組合がだらしないのは使用者側がだらしないからだというのです。

まさにその通りなんですよね
私は8年働いたから、いやというほど見せてもらった
結局、ああいう人になりたい、ああいう人のもとで働きたいという人がいないから、私は辞めたんで
そして大企業に実にありがちな、立ち周りがうまくないとどんなに一生懸命仕事をしても、部下に慕われようが、上がれない
要するに、仕事の能力より、どんだけ上にへつらえるかが評価されるわけで、そういう環境でいい経営者が産まれるわけもありません
Jalを思うと、大きくなり過ぎた故に、動きが取れず絶滅したマンモスや恐竜たちを思い出します。
生き残ったのは、小さく賢く小回りのきくゴキブリだったんだから...
Commented by いちは at 2013-08-22 11:56 x
あー……、あの現場にいらしたんですね……。
俺はあの日、JALで東京に行きました。小学4年生、初めての飛行機、初めての一人旅でした。
叔父の家に着き、ニュースで事故を知りました。当時はどれほどの大惨事か認識していなかったですが、最近になり本を読んだりしていろいろ考えることがあります。

この記事を、俺の御巣鷹山事故の本に関するブログ記事にリンクはらせてもらっても良いでしょうか!?
Commented by cocomerita at 2013-08-22 15:29
Ciao いちはさん
ちびっこVipですね
小学生のいちはさんの始めての一人旅が奇しくもその日だったなんて、、奇妙な縁のようなものを感じます
あのフライトは、繁忙期の一番混んでいる時間帯のフライトだった、当然予約は満席であったにも関わらず、空いたんです
つまり、予約していながら来なかった方、そして空席待ちでその席に乗っていかれたひと、遅れるけど、出発時間までには着くから席を売らずに待っててくれと電話をしてきて乗っていった有名人の方もいらっしゃいました
そう、ちびっこVipの一人旅のお子さんもいたのです
そんなことに、人の運命というものもひどく考えさせられました
そして、あれこそ国とボーイング社の責任であったにも関わらず、そのことがうやむやにされたままで、それが府に落ちなくもあるのです
どうぞ、どうぞ
リンク貼ってください
よろしくお願いします
Commented by いちは at 2013-08-22 19:48 x
ありがとうございます。
あの時、羽田から大阪に甲子園を見に行った少年がいたんですよね。それも当時の俺と同じ小学4年生で、彼も初めての飛行機だった。
俺が羽田に着いたのは夕方だったと思います。もしかしたら、その少年と俺は空港のどこかですれ違っていたかもしれない、そんなことを思ったことがあります。
彼は俺で、俺は彼で、どちらがどちらの人生を歩んでもおかしくなかった。
その少年のことに触れたネット記事は、その後に探しても見つけきれませんでした。
Commented by junko at 2013-08-23 03:25 x
Ciao いちはさん
こちらこそ、ありがとうございます
あの事故で亡くなった人たち、子供たちのこともいつまでも覚えていたいと私は思っています
それがひとつのご供養であるかのように思うのです

運命って、ほんと考えれば考えるほど不思議です
上から導いてるなんらかしらの手があるとしか思えないのです
Commented at 2017-08-17 22:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by cocomerita at 2017-08-18 15:13
ciao 2017-08-17 22:01 鍵コメさん
8月は広島と長崎に原爆を落とされた月で、で、Jal123便が墜ちた月で、そして母の命日があって 心が軋む月です

Jalは半官半民でしたが、官僚体質は否めなく、おかしなところが色々ある会社でした
だからかもしれませんが、福利厚生の面 残業代の申請とか、 当時は驚くほどの待遇の良さでした
でも、
どこでも大企業はそうなのでしょうが、自分より上の人に絶対服従の人しか上がっていきません
そんなところによく私が採用されたかと未だに謎ですけれど 苦笑

つまり あの事故も会社として半民より半官の色濃いあの会社では政府お墨付きのボーイング社 及び運輸省のチェックが不備であったと弾劾はできなかったのでしょうね
そんなことしたら途端に幹部の首が飛んだでしょうし、万が一1人がそうしたいと願っても 数と力で押さえつけられ うやむやにされたことでしょう
ましてや 上層部の決定に従うことしか教わっていませんから、在るべきことを発音する そんな声などとっくに失っている人達です。

ここでも 表面的な利益 やうまく立ち回る体質が 人間の尊厳を足蹴にします

人間性は、一人一人がまず自分の一番触れたくないところに触れ 自省することからでしか取り戻せないと思っています
自分の人間性の乏しさに留意しないのですから、ないものを求める、気づかないことを直すことはできないと考えます
いまの日本の社会は、そんな堅いこと言ってないで お茶を濁して適当にやったほうが賢いのだよと、そう教える社会であるように思います
その堅さが日本人の良さであったと言うのに、

ですから、まず誰よりも自分から人間性を日々鍛え、何よりもまず尊厳を重んじて そして平和に生きるように努力しています
そうすれば まず社会の中で 一人 真っ当な価値観を持つ人間が増える。
所詮自分自身は自分自身でしか直せないのですから、そう言うやり方でしか社会全体は変わらないと思います
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。


ローマからいろいろ
by cocomerita
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

フォロー中のブログ

素晴らしき哉映画人生
映画の心理プロファイル
掬ってみれば無数の刹那
ラテンなおばさん
非天然色東京画
とかのしゃしん
コバチャンのBLOG
松浦ひかり
あんつぁんの風の吹くまま
koz-mic hours
心の万華鏡  
about ・ぶん
のほほん日記
弁天スタジオ
(旧)とりあえず俺と踊ろう
梟通信~ホンの戯言
断想
記憶の表象
しのぶの里から
続・まりおの部屋
フォトパラダイス
八十代万歳!  (旧 七...
いいたいことは少しある
チェイル
札幌の空の下で徒然記まま...
流木民
now and then
春のよき日に
Life with Bi...
維摩と語る
make no bones
今日の色は。。。
東京ライフ
日だまりカフェ
隊長ブログ
Facciamo una...
「時間よ止まれ」
にっと&かふぇ
楽・遊・学・ビバ人生!!
+nao日記+
ゆる~い日々
luxe et beauté
イギリス ウェールズの自...
幸せごっこ
Happy Days♪
JAZZの普段着写眞館
quartet!
旅するように暮らしたい
海外出張-喜怒哀楽-
シボな毎日
easy-writer
黒い森の白いくまさん
MU PHOTO
一セントの夢
La vie d'une...
チキとふたつのりんご
えんやこら母ちゃん
EL PAJARO
ほのぼの動物写真日記
To tomorrow ...
liliaの 瞬間湯沸かし記
あおぞらのゆくえ。。。
40 ans a Par...
Cook*Days~お料...
A dreamer me...
☆FREEDOM☆
Faites la ta...
江ノ島ノラびより。
焚き火小屋の備忘録
ヴェルサイユの花 ~Fl...
ローマより愛をこめて
かるぺ・でぃえむ
思いのままに。。 しかし...
ゆるりんのポレポレ日記
さかなのしっぽ、そしてはらわた
光と影をおいかけて
いいあんべぇブログ
Memories of You
カタルーニャの葡萄畑から
laboratorio ...
ピレネー山脈を超えたらそ...
カフェと畑と犬と猫
sobu 2
モンシェリー ~酵母さま...
続・八曜社
気がつけば50代
子供と一緒に育つ父
春のよき日に vol.2
夕暮れしっぽ
SPORTS 憲法 政治
オトナの社会科・中東から...
俺の心旅
父ちゃん坊やの普通の写真その2
マイおばちゃんの日記 2
発酵のち薄幸ー( ̄O ̄;)
Live & let live
明日をもっと楽しく!した...

最新のコメント

Ciao saheizi..
by cocomerita at 00:13
ちょっと可笑しくてだいぶ..
by saheizi-inokori at 21:46
Ciao けいさん と..
by cocomerita at 06:04
Ciao 2017-12..
by cocomerita at 05:56
Ciao sideさん ..
by cocomerita at 05:47
Ciao 2017-12..
by cocomerita at 05:44
今晩は!夕方にお伺いして..
by けい at 21:24
我が道が何かわかってられ..
by sidediscussion at 18:28
Ciao hisakoさ..
by cocomerita at 19:19
Junkoさんはjunk..
by hisako-baaba at 17:51

Link (Excite 以外

最新のトラックバック

遠藤周作の最高傑作の完全..
from dezire_photo &..
日本が原発のトイレになる!
from 梟通信~ホンの戯言
ドイツ皇帝の最後の宮殿で..
from dezire_photo &..
安倍にも負けず夏の暑さに..
from 梟通信~ホンの戯言
新国立競技場と辺野古基地..
from 梟通信~ホンの戯言
安倍よ菅よ、翁長知事の問..
from 梟通信~ホンの戯言
原発が導入された内幕 有..
from 梟通信~ホンの戯言
日本でしか起きないタイプ..
from 掬ってみれば無数の刹那
どうもありがとう、そして..
from 掬ってみれば無数の刹那
雄勝の猫の旅
from ピレネー山脈を超えたらそこは・・

ライフログ

検索

タグ

ファン

ブログジャンル